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「どちらの日本になさいますか?」――小熊英二『日本社会のしくみ』レビュー

「どちらの日本になさいますか?」――小熊英二『日本社会のしくみ』レビュー

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「日本はイノベーションに関わると、できない理由から探します」

 「日本はイノベーションに関わると、できない理由から探します。難しさを先に語るのです」と、元アップル日本法人代表の前刀禎明氏は語った(*)。これが、地域向けの駄菓子屋を念頭に置いた言葉でも、地方小学校の運営体制について語ったものでもないことは直感的にわかるし、実際、多くの読者が無意識にそうした文章として読んだはずだ。

 しかし、「保育園落ちた日本死ね!!!」とか、「日本の住宅は狭い」とか言うとき、暗に日本全体がそのような状態にあると想定してしまってはいないだろうか。あるいは、自分の身の回りがそうでないという理由で、こうした話を「それは日本の話ではない」と相手をせずに過ごしてはいないだろうか。

「正社員で定年まで」が日本の働き方?

 「正社員になり定年まで勤めることが、かつては日本人の典型的な生き方だった」と聞いて、多くはそうだと信じているだろう。しかし、その生き方をした1950年代生まれの男性は34%であり、1980年代だと27%だと推定されている。「昭和」ですら、たかだか34%にしかならない。(19-20頁)

 だとすると、日本の働き方について話しながら、一体「どの日本」について話していたというのか。そこでの会話には、過剰な一般化や、不幸なすれ違いがあったに違いない。

 社会学者・小熊英二の新著、『日本社会のしくみ:雇用・教育・福祉の歴史社会学』は、「日本ってさ」と語りたくなったり、「日本人ってのは」という言葉を目にしたりしたとき、「どの日本の話か」を推定するための足場を提示してくれている。

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様々な日本?――大企業型、地元型、残余型

 「日本の生き方の類型」を、大企業型、地元型、残余型に小熊は分類する。本書は、これらの類型を用いて、その相互関係や増減を明らかにしつつ、総体としての日本のあり方を描こうとするものだ。

 「大企業型」は、大卒で官庁や大企業に雇われて正社員・終身雇用の人生を過ごす人とその家族であり、「地元型」は地元の中高を卒業したあと、地方産業や地方公務員などを職業として就職する生き方を指す。(21頁)

 「地元型」は、「大企業型」よりも収入が少ない傾向にあるが、農林業や自営業なら定年と関係なく働く人が多い。また、行政的にも地域住民として念頭に置かれやすく、商店街や自治会、農業団体などを通じて、政治的な要求を届けやすい。政治家もこうした人との関係を築くことが重要であり、実際、同じ地域に長く住む人ほど日本では投票率が高いことで知られる。(22頁)

 他方で、「大企業型」は、比較的所得は多いものの、定年後の生き方が不確定である。高校や大学への進学で地縁を失いがちで、就職後も一つの地域に長く居らず、遠距離通勤で地域に寝に帰るだけという人も多く、地域に頼れる関係性がない。(24頁)

「残余型」は、会社と地域のどちらにも頼ることがない(できない)生き方のことであり、非正規雇用者を中心に顕著な増加が認められる類型でもある。(これらが具体的にどう使われるのかは、本書および各章の扉にある要約をご覧いただきたい。)

どちらの日本になさいますか?

 「日本型雇用は…」「働き方改革が…」と語るときは、大抵「大企業型」の話がなされているはずで、実際、報道番組などでも大都市のビル群を背景に流しながら、そうしたニュースを紹介しているだろう。 政治評論家のウォルター・リップマンは、『幻の公衆』という本で、単数形で表される唯一の社会などはなく、社会は複数形である(societies)と語った。にもかかわらず、同じ社会に生きていると幻想を抱くことが、私たちに様々なすれ違いを引き起こしている、と。

 『日本社会のしくみ』から学ぶことのできることの一つは、三つの類型のどれに該当するのかと問う習慣を身につけ、「どの日本に基づいて話すのか」をはっきりさせることで、すれ違いを減らすことだ。

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成功事例に飛びつくな

 一点、蛇足しておこう。「大企業型」からの脱却を図ろうと唱える人は多い。新卒一括採用や年功序列、「社内でのがんばり」を評価するあり方への批判をよく耳にするだろう。しかし、それらの大半は、流行に乗っただけの無思慮な発言にすぎない。

 小熊は、アメリカの経済学者の言葉を引いて、こう語る。

日本の経営者は、アメリカでは簡単に解雇できることをうらやましいと思う。アメリカの経営者は、日本では簡単に人事異動できることをうらやましいと思う。しかし彼らは、相手のうらやむべき点を「可能にさせている交換条件にはとんと無理解」だという。(148-9頁)

 それぞれの社会は全体として機能する「しくみ」を持っているので、個別の要素を抜き出して、それ単体で、憧れたり批判したりしてみても、何の意味もないのだ。

 あるルールやプロジェクトがうまくいったのは、それを支える有形無形の文化に支えられていたからだ、ということは往々にしてある。例えば、社員教育がうまくいっている企業には、社員教育に関わる諸々の制度があるだけでなく、「社員教育は大事だ」という心の習慣が社員の間で実質化しているから社員教育がうまくいく、という事例のように。

 上意下達で何かが行われるとき、私たちは根本的な事情を考慮し損なうことが多い。先進事例や海外動向の上澄みを、あるいは、お上の指針を、素朴に「指令」として読み替えて実施し、自社の習慣を考慮し損なったとき、既に道を踏み外しかけているのだろう。要するに、国内外の目立った成功例に飛びつきたくなったとき、それがうまく機能するために寄与していた無数の習慣の存在に思いを馳せる必要があるのだ。

 『日本社会のしくみ』は、日本の来し方について見通しの良い整理を与えてくれるだけでなく、このように、物事を考えるときの手がかりを読み取ることもできる好著である。

小熊英二

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E7%86%8A%E8%8B%B1%E4%BA%8C

 

(*)GAFAは「イノベーション」なんて目指してない、日本企業の現状認識は間違いだらけ

元アップル日本法人代表 前刀 禎明氏インタビュー

https://www.sbbit.jp/article/cont1/36867?fbclid=IwAR3Jra-1sruvBIwztqGEHQzB3452wYHHoxiJpE-gslcPc04kGbD3_kOJX4M

 

ウォルター・リップマン

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A9%E3%83%AB%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AA%E3%83%83%E3%83%97%E3%83%9E%E3%83%B3

 

ウォルター・リップマン『幻の公衆』

https://www.amazon.co.jp/dp/4760131698/ref=cm_sw_r_tw_dp_U_x_P0FGDbZRQ9WZ9

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