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キャスタリア株式会社は“教育×ITで社会問題を解決する”をモットーに、 新たな学びを創出する企業です。

モバイルラーニングプラットフォーム「Goocus」を開発し企業や教育機関に提供しています。 また長野県を中心に教育事業を行う学校法人 信学会とともに、 日本初のプログラミング(コード)を必修科目とした広域通信制高校「コードアカデミー高等学校」の運営にも携わっています。

学びが変える(かもしれない)30年後のケニア

学びが変える(かもしれない)30年後のケニア

ケニアの首都ナイロビは、赤道直下にありながら標高が2,000m近い高地にある。日本が連日35度を超える暑さを記録している8月でも、ナイロビは最高気温が20度台、朝晩はちょっと肌寒く感じるほどに気温が下がる。そのくらい高原のような爽やかさが感じられる土地であり、普通に生活していると気にならないけれど、平地で作られたポテトチップスなどの袋が、空気が薄いせいでパンパンに膨れ上がっていたりする。

そんなケニアと日本の共通点のひとつは、2020年から小学校レベルでのプログラミング教育が必修化されること。まだ、ネット回線はおろか電力の供給も十分ではない場所があるこの国で、いわゆるSTE(A)M教育においては、先進国にひけをとらない国の方針・施策が掲げられ、その実現にむけて動き出している。

キャスタリアでは、こうしたケニアの動きに呼応し、JICAの民間連携事業として、Ozobot(※)を使ったプログラミング教育を公立学校でも活用してもらえるかどうか、案件化調査に入っている。連日、ケニアの教育省など関係する政府機関にキーパーソンを訪ね、ケニアの公教育の現場でどのようにプログラミング教育が導入されようとしているのか、そこでOzobotを活用してもらうためにはどうすればよいのか、ヒアリングと協議を重ねている。

多くの教育関係者と話していて感じるのは、新しい時代に向けて、ケニアの将来を明るく輝かしいものにしようという意識だ。確かにまだ未発達で古い制度や意識を残す部分があるケニアだが、一方でキーパーソンの思考には時代の最先端を取り入れている部分があり、新しい意識と古い思考が、混ざりあいながら並存している。

学校を訪問してみると、満足な照明もなく、机や椅子も古いままの教室は、日本では考えられない学習環境だが、子供たちの素直さ、明るさ、屈託のなさは、どこの国とも変わらないし、ひょっとすると、見ていて微笑ましくなる度合いは、日本の子供たちよりも高いかもしれない。

雨が降ると廊下が泥水にまみれるため、掃除する生徒たち。

雨が降ると廊下が泥水にまみれるため、掃除する生徒たち。

そんなケニアと日本で、必修のプログラミング教育が、いわば同じスタートラインで来年(2020年)から始まる。ケニアでもOzobotとキャスタリアが制作監修したメソッドが活用されることになれば、ケニアと日本(※)で同じ教材を使った教育を受ける子供たちが出てくることになる。

※日本では、Ozobotとキャスタリアのメソッドを使ったプログラミング教育は明光義塾で提供を開始しており、来年には全国400箇所以上の教室で受けられるようになる見込みだ。

ケニアの子供たちは、机や椅子といった学習環境や、電気やネット回線の不安定さなど、日本の子供たちにくらべて不利な条件で学んでいくことになるのだが、だからといって、いつまでも日本より「遅れている」と言われるままではない可能性がある。

その大きな理由のひとつは、ケニアの子供達は英語で教育を受け、だれもが英語とスワヒリ語のバイリンガルとして大人になっていく、ということだ。英語ができるということは、英語が通じる会社や国で働くための基礎的な条件を満たすことになり、そこに一定以上のプログラミングの能力が加われば、世界の多くの企業・多くの国に働く場所を見つけることが可能になる。

小学校のコンピュータルーム。ネット速度は想像以上に速い。

小学校のコンピュータルーム。ネット速度は想像以上に速い。

この点で、日本の子供は、仮にケニアの子供と同じプログラミングの能力があったとしても、英語ができなければ日本から出て行くことはできず、ケニアの子供にくらべて仕事を得るという点では格段に不利になる可能性が高い。

AIなどの発達で、これから多くの仕事が消滅したり新たに生まれたりすると言われているが、プログラミングの能力、あるいはその根底にあるロジカルな思考法は、新しい時代を迎えて、必要性が増すことはあっても、当面は不要になることはないスキルであろうと考えられる。

その推論が正しいなら、プログラミング教育を受けた子供達が社会の第一線で活躍しているはずの30年後に、日本とケニアのどちらが社会としてより良いものになっているか、単純には推測ができないように思う。 今はまだ未発達で混沌とした部分を残すケニアだが、そのぶん、古くて確立された制度や仕組みが新しい取組みを邪魔する可能性は、日本に比べて格段に低いのではないだろうか。

そして、すでに子供に限らずケニア人は英語とスワヒリ語のバイリンガルであり、携帯電話の普及率も100%を超えたいま、ケニアの子供たちの親世代が受け取れる情報は、日本語しかできない日本の親世代にくらべて格段に多く、そうした親が育てる子供の意識や判断、進路の選択の面で、差がついてくる可能性がある。

そう考えると、30年後、ケニアと日本が等しくしあわせな国・社会となるためには、むしろ日本人の方が、いっそうの学びをしないといけない可能性もある。

小学校一年生男子、掃除をサボって談笑中。

小学校一年生男子、掃除をサボって談笑中。

人はそれぞれであり、国もそれぞれであるから、比較して優劣を競うものではないのだが、キャスタリアの一員として両国に関わる身からすると、どちらの国にも豊かな未来があってほしいと思うし、切磋琢磨しながらお互いに成長していけたら、これほど素晴らしいことはない。

そのためには、日本においては、プログラミングを学ぶことと同時に、英語を学ぶことの重要性を感じる。それも親子ともに。

誰にとっても、未来は学ぶことで形づくられていく。それがはっきりと現れるのが、これからの新しい時代なのだ。

※Ozobot

プログラミング学習用ロボット。紙とマーカーがあれば、誰でも簡単にプログラミングを学ぶことができる。

https://www.ozobot.jp/

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